余談として:随筆『鏡の中に映る自分』の余話として 小林武史
ひびき 『音楽交流へ種まき』
「留学生活を終えても母国に帰らない若者が多い。中国ではどう見ていますか」
「一流を目指し、世界各地で活躍してくれたら、いいのです」
横浜市緑区の国際的なバイオリニスト、小林武史さん(61)は中国音楽家協会の招きで、今月中旬まで二週間訪中。
その間、こんな会話を通じて、「寛容な国になった」と痛感しながら帰国したという。
北京では小林さんの「ヴァイオリン一挺(ちょう)、世界独り歩き」が中国語訳になり、
「中国国交正常化二十周年」とうたい記念出版されていた。
国交十周年でも團伊玖磨さんらと訪中したが、今回は一人だけ。
北京、上海、武漢でのリサイタルとも伴奏は現地のピアニスト。
千人前後の聴衆を前に日中交流の音色を響かせた。
小林さんは特に武漢で、小、中、高校生の代表にレッスンした。
揚子江と漢水の合流点で湖南省の省都。
「生意気なところもなく素朴でシャイ。手つかずで多くの可能性を秘めた子供たちだった」。
楽器は日本に比べ粗末なもの。だが、「教えたいことが山ほどあると思いました」
武漢音楽院からは客員教授の辞令を受ける。
「来年五月、上海の春の芸術祭に招かれている。自腹でもいい、その足で武漢に教えに行きます」
小林さんにとって初めての武漢。中でも現地音楽家協会主席、謝功成さん(72)は忘れられない。
「深夜までも練習中、じっと聴いてくれた。私の荷物を空港まで運び、『再見』と分かれる際、泣いていた。
戦時中、嫌な目に遭っているのにと思うと、私も泣けてきた」
現地の人たちは「純粋で律儀、誠意の塊」という。
小林さんは記念すべき交流の一ページを武漢でしっかりと刻んできた。