第20回『作曲家の直接の解釈継承 書き違いだった楽譜の指定』 小林武史

歴史という言葉は不思議である。何年前からのことを歴史というのだろうか。
クルト・ベスという指揮者がいた。
昔、N響の常任指揮者をしていた時期があり、
私がオーストリアのリンツ市ブルックナー交響楽団のコンサートマスターをしていた時の音楽監督であった。
最近亡くなられたが、生前、親しくさせていただいた。
彼が20歳代のころ、指揮者としてのチャンスが巡ってきた。
ある有名な指揮者がウィーン・シンフォニカの定期演奏会で、
ブラームスのシンフォニーを振ることになっていたが、急病になり、ベス氏が代行することになった。
練習のとき、彼は、自分は指揮者なのだから、何かいわなければならない、と思ったそうである。
ホルンがffで吹いたので、スコア(オーケストラの総譜)をみたらmfと書いてあった。
「そこはもっと小さくmfで吹いてください」といったら、そのとき、ホルン奏者はうなずいたのだが、
休憩時間に「ベスさん、話がある」と呼ばれて
彼いわく、「昔、私は、ブラームスの棒で、この曲を演奏したことがあった。
そのときブラームスは、『このmfの個所は私の書き違いで、ffで吹いてくれ』といわれたんだよ。
もちろん、君は指揮者なのだから、思うようにやってくれてよいのだが、
私は直接ブラームスにいわれたことなので、一度君に伝えておこうと思ってね」といわれたそうである。
この話をベス氏は、たびたび私にしてくれたのを思い出す。
ブラームスは、私からさかのぼってあまり遠くない存在に思えてくるのである。
ヤナーチェクのソナタを初演したのが私の先生で、クドラーチェクという人であった。
ヤナーチェクは、チェコのモラビアの作曲家で、1928年に亡くなった世界的な作曲家である。
私の先生、クドラーチェクが話してくれたこと。
先生が若いとき、このソナタを初演するために、ヤナーチェクに聴いてもらった。
最初の数小節弾いたところで、ヤナーチェクが叫んだ。「何を弾いてるんだ」。
先生は作曲されている通り、書いてある通りです、といったらヤナーチェクは頭を抱えて、
「違うんだ、そんなつもりで書いたんじゃない」といって悔やんだそうで、実は演奏される前に、この曲は出版されていたとのこと。
その後、直接クドラーチェク先生に曲の解釈を指導されて、そのヤナーチェク直接の解釈を、私たち弟子が継承しているのである。
そして先生が書きこんだ楽譜を、私は持っている。
ブラームスやヤナーチェクと同時代で有名な作曲家はたくさんいる。
歴史という言葉に、夢と現実が交差する。(バイオリニスト)

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