第15回『一流と紹介されても 伴奏ピアニストに苦労』 小林武史
大使館や総領事館の推薦で、その都市で一流といわれるピアニストを紹介してもらったことが何度かあった。
どこの国とはいわないけれど、発展途上国に多い現象である。
自費で行く場合もあるし、国際交流基金から派遣してもらうこともある。
本当は日本からピアニストを連れて行ければ一番良いのだが、
長い旅行になると、学校の先生をしているピアニストが多いため、日数的に無理があり、
生活面、経済面の影響も出るので、同行できない場合もある。
そこで、現地の主催者に、伴奏ピアニストを探してもらうのだが、心配の種はつきない。
東南アジアのある国の出来事であったが、若い女性のピアニストを、大使館を通して紹介してもらった。
その筋からの話では、一流だとのこと。練習してみて、気が遠くなりそうになった。
楽譜が読めないのではないかと思うほど違う音ばかりたたくし、テンポもリズムもめちゃくちゃである。
どうしようもなく、ピアニストを代えてもらうことにした。
ところが、彼女は憤怒の形相すさまじく、本番をやってみなければ分からないではないかと怒り出した。
後で聞いた話では、結局、彼女はお金が欲しかったとのことで、何がしかのキャンセル料を渡した、と主催者はいっていた。
そこで今度は、その国一番のピアニストといわれる若い男性を紹介してもらった。
これはバリバリ弾くのだが、どうもバイオリンの音があまり聴こえないらしく、合奏にならない。
しかし、時間的に余裕がなく、ついに彼の伴奏で本番を迎えた。
彼は張り切って弾きまくり、ソナタでは私より先に終わってしまった。
翌日の新聞には、小林はピアニストより遅れて終わった、と書いてあり、伴奏者をほめたたいた批評が出ていた。
困ったことに、大使館の文化担当官は、義務であるために、その記事を日本の本省に送り、報告するのである。
ピアニストのことでもめることはたびたびある。
南米のある国でリサイタルをやったときに、その町一番のピアニストといわれる人を紹介してもらった。
これが全くひどいピアニストで、しかも大変威張っていた。
3年前に来たときに一緒に演奏したドイツ人のピアニストを遠くから呼んでもらった。
翌日の新聞には批評が出なかった。威張っていたピアニストは、その町の音楽会のボスで、批評を書かせなかったそうである。
従って、本省に悪い報告も来なかったことにもなったのである。
今年の10月に、中国に招待された。
国交回復20周年記念行事の中に入れていただき、何ヶ所か中国国内でリサイタルをやることになっている。
先日来た手紙に、各地で違うピアノを用意してあり、リサイタルの当日、午前中にピアノ合わせをして、
午後休んでいただいて、夜本番、と書いてあった。
中国人のピアニストにとって、知らない曲もあるし、一回のリサイタルには、2時間もかかるのである。
慌てて練習日を増やしてもらうよう返事を書いた。(バイオリニスト)