第13回『走った、飲んだ、たばこ吸った ボリビアで高山病になる』小林武史
ボリビアでインディオといったら、その言葉は差別用語だから使ってはいけない、といわれた。
カンペシーノというのだそうで、田舎の人という意味だといわれた。
ラパスという町の意味は平和ということで、コチャバンバという町は、沼のある所という意味だといわれた。
日本を出る前の日に黄熱病の10年間有効という予防注射を受けた。
ラパスという町は標高4千メートルにあり、高山病になる人が多いとのこと。
ふだん皆から君は若い、とか、君は元気だ、といわれて得意になっていた私は、
飛行機から降りて、実は多少頭がくらくらしていたのだが、早足で歩いてみせたりした。
ホテルに着いて、直ぐに食事に行こうということになり、階段を駆け上がったりして(ラパスは非常に坂の多い町である)
レストランでは、ここの地酒を飲ませろといい、たばこをぷかぷか吸ってみた。
食事ももちろん、この土地の辛いものを食べてみた。ホテルに帰って、ふろに入った。
要するに、熱の出る予防注射をして、その後、悪いといわれることを全部やってみたわけだが、
その結果、頭の中で半鐘がなり、鏡を見たら、目が飛び出しそうになり、顔が真っ赤で猩猩(しょうじょう)みたいになっていた。
完全な高山病である。心臓の音がドンドンと頭に響くし、明日まで生きていられるかと心配になってきた。
高山病に効くというコカインの原料であるコカの葉を買って来てクチャクチャトかんでみたが効きめがなく、
ふだんから落ち着きのない自分をのろった。コカの葉は道端でいくらでも売っていた。
しかし、いくらかんでも神様は助けてくれなかった。
翌日のオーケストラとコンチェルトの練習をして、次の日に本番があった。その後コチャバンバに行った。
頭の中の半鐘は半分くらいに治っていたが、コチャバンバでは、ホテル代の予算がないということで、お城に泊まることになった。
この町も標高2千メートル以上あり、走ったりすることはできない。
あなたは、このお城の二人目のゲストだ、といわれた。
一人目は、前のフランスの大統領ドゴールだとのこと、有頂天になったのだが、
私の部屋は4階か5階にあって、古い城なのでエレベーターがない。
朝食は外に食べに行くようにいわれたが、食堂のカンペシーナ(女性)にお金をあげて毎朝持って来てもらった。
階段を上がるのが苦しいので、一回外にでると夜までは帰らないことにした。
この町では伴奏なしのリサイタルと、ここの音楽院で生徒たちを教えた。
貧しい人たちだが、みな明るく、ボリビアに来たことで、インカの遺跡も見れたし、チチカカ湖も見たし、葦舟(あしぶね)にも乗れた。
何といっても、帽子をかぶったカンペシーノたちと接することができたし、土地の音楽も聴けた。
インカの遺跡にあった太陽の門が心に残った。サボテンの実を食べ、珍しい動物の肉も食べた。
三葉虫の化石がたくさんあった。日本人と似た子供がたくさんいた。
いやわれわれが彼らに似ているのかもしれない。10年も前の話である。(バイオリニスト)