第5回『もう珍しくない日本人 海外留学考える時期 狭くなってきた職場』小林武史

チェコスロバキア・国立ブルノーフィルハーモニーのコンサートマスターとしての3年間は、
私の一生の中で最も印象に残った期間であった。
1962年の初めからで、その後、また3年間、オーストリアのリンツ市にある州立ブルックナー交響楽団に、
やはりコンサートマスターとして所属していた。
現在、元社会主義国といわれた国々から、経済的な理由で西側へ流れる音楽家流民が後を絶たない。
チェコスロバキアの音楽家、約1万人が職を失うだろうといわれている。
その昔、海外、特にヨーロッパで演奏することは、われわれの夢であり、留学生の名前が新聞に載ったこともあった。
今では珍しいことでもなくなった。最近、海外の日本人音楽家たちが大きな問題に当面している。
滞在ビザの期限を理由に、オーケストラの席を追われる人が少なくない。
白人社会に留学している東洋人が、目を出して実力を身につけたとしても、必ずしも永久に彼らに迎え入れられるとは限らないのである。
また金持ちであるといわれる日本国留学生が、日本よりはるかに貧乏な文化国家から援助を受けて
勉強させてもらっていることに対する一人ひとりの考え方も問題であろう。
ともあれ、海外の日本人音楽家たちの海外における職場が狭くなってきていることは事実である。
現在、日本では音楽学校の数も増え、オーケストラの数も増えてきているが、
日本の中でさえ、音楽学校を卒業しても、プロになる人が減ってきている。
東京に九つもあるといわれるプロのオーケストラだが、オーケストラの月給だけで、家族を抱えて生活できる人は少ない。
私がヨーロッパのオーケストラでコンサートマスターをやっていたときには、日本人が珍しいということもあって、ときにはチヤホヤされもした。
しかし、今は全く違う現状である。音楽学校というものは何なのか、海外留学とは何なのか、真剣に考える時期にきていると思う。
音楽は、世界の共通語、国際語であり、文化は、音楽抜きでは語れない。
前にも書いたが、日本中に文化会館なるものが増えてきた。
と同時に、無意味なものも少なくないようだ。中身をつくることを、もう一度提唱したい。
また音楽をやること、必ずしもプロになる必要はない。
モーツァルトやベートーベンを演奏し、合奏することにより、人の心の和ができるし、
各会館に音楽院を作ることができれば、隣町との合同演奏会もできる。
またアジアの国々との交流演奏会も夢ではない。PKOうんぬんよりも、
平和のためなら子供たちの文化意識を高め、子供たちの文化交流の方が、味があると思うのだが・・・。
そして、音楽だけではなく、バレエのスタジオも欲しい。また絵画部も欲しい。
他の市町村との交流で、ホールの利用度も増えることになる。
これからできる文化会館があれば、ぜひ中身を考えて設計して頂きたい。(バイオリニスト)

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