「音楽現代」2006年1月号 第6回《音楽と旅して》

「子供たちの響き アジア」実行委員会  代表 小林武史

大切な隣国、北朝鮮への旅

 私はこれ迄、多くの国々を訪れた。旅の順序は前後するとして、先ず朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮) に行ったことを記したい。
 私はかつて、東京音楽大学に勤めていたことがある。そこの卒業生で、北朝鮮国籍の人からある日、電話があった。
「四月の春、親善芸術フェスティヴァル」 に参加してくれないか、と。
長年お付き合いをさせて戴いている作曲家の團伊玖麿先生に御相談のうえ、一緒に連れて行って戴くことになった。
 現在でもそうだが、北朝鮮というと、日本国中が何故か“差別”の目でみているようだ。
 しかし、私は喜び勇んで、旅立った。
 一九八五年の四月、金日成主席の誕生日である四月十五日に合わせて、その前後十日間ぐらいだったと思う。
 成田空港から北京に飛び、北京の空港ではなかなか迎えに来ない朝鮮大使館の人を待って、
ホテルに入り一泊、翌日ヴィザをもらって平壊に飛んだ。そのときのメンバーは、
 團伊玖麿 日本音楽家代表団団長 (作曲家・指揮者)
 注:それぞれの先生方は沢山の肩書があ るが、北朝鮮に行くための肩書のみとする。

 丹羽正明 音楽評論家

 中沢桂 歌手(ソプラノ)

 梅村祐子 ピアノ

 小林武史 ヴァイオリン

 の計五名であった。
 (この時点では、”拉致問題”はまだ公表されていなかった)
 北京から平壊に向かうとき、やはり北朝鮮から招待され、同じ飛行機に乗ることになっていたある国の王様が、北京の空港に到着す
るのが遅れたということで、搭乗者は私たちも含めて、四時間余りも待たされた。
 約一時間半の飛行で平壊に着いたが、夜中だったにも拘わらず、子どもも含めて(!)
何百人という人たちが旗を振って出迎えてくれた。着陸したときに、機内でアナウンスがあり、
「團伊玖麿先生御一行様」、という案内で地上に降り立ったとき、一人ひとりに花束が贈呈された。
 これ迄たくさんの国を訪問したが、こんなに“歓迎”されたのは初めての体験であった。
 この大会には、世界各国に在住している北朝鮮国籍の芸術団の他、ユネスコ科学教育文化機構、国際舞踊理事会からの参観団、
そして取材陣などが参加していた。目的は、「自主・親善・平和の理念にもとづく世界各国人民と芸術家の親善」と謳ってあった。
 われわれの考えている「芸術家」というものとは少し異質な感もあったが、その頃、日本でも、ロック歌手などが”アーティスト”
と呼び合っていることを思うと、その範囲は広いのかも知れない。
 この芸術祭の中身は、クラシック音楽あれば民謡あり、サーカスあれば踊りありで、踊
りは多彩を極め、クラシックバレエあれば民族舞踊あり、だった。中には、アフリカの原 住民族が余りばっとしない踊りをして、最後
 に、「金日成万歳!」と叫んで引っ込む、と いう演し物もあった。
各国の出演は組ごとに分かれていて、第一組はインド芸術団、チェコスロヴァキア(当時)芸術団、メキシコ芸術団、
タンザニア芸術団、イタリア・ローマ歌劇団であった。
 日本音楽家代表団は第六組で、ソ連芸術団、バングラディシュ舞踊団と同じ組であった。
因みにサーカスは第九組になっていて、この組には、十三カ国の名前が連ねてあった。
 原則として、クラシック音楽は西洋人のみ上演していたように思う。
 日本組のプログラムは、團伊玖麿作曲のオペラ「夕鶴」から中沢桂が歌い、また彼女は
北朝鮮の曲を原語で歌った。オーケストラは平壊国立交響楽団で、指揮は團伊玖麿先生。
私は、團先生作曲の「ファンタジア」と北朝鮮の曲を、團先生の棒で弾かせて戴いた。
 毎日のようにコンサートがあり、劇場を移して、あるときはオーケストラと、あるとき
は梅村さんのピアノとの共演であった。評論家の丹羽先生は、毎日の様子を記事にまとめ
る大変な仕事をこなし、一つひとつ、メモをしておられた。
 毎日のスケジュールは決められていて、八五年度のスケジュール表を今、改めて見ると、
 四月七日九時四十分から十一時四十分、万景台の訪問、地下鉄の参観。
十五時から十六時三十分、主体(チュチェ)の思想塔と凱旋門の参観。十九時から第五組(ブルガリア、エジプト、
フランス、スイス、イタリア)の出演する公演の観覧(人民文化宮殿)・・・・・・。
 練習の合い間を縫って、このようなスケジュールであった。
 四月の五日に平壊に到着してから十八日まで、スケジュールはびっしり詰まっていたが、
必ずしもその通りに行われた訳ではない。
 途中、金日成主席が観覧される日があって、そのときは午後二時に会場に入り、終わった
のが夜の九時半であった。それから主席と一 緒に写真を撮るということで、ホテルに帰っ
たのは、夜中になったのを覚えている。・・・・・・

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