第28回『ヴァイオリンの名弓とは 音色、粘り、弾力に差』小林武史

先日CDを作るために、宮城県の中新田町にあるバッハ・ホールを借りて録音をした。
楽器の調子が悪く大変苦労した。
ヴァイオリンという楽器は、どんなに良い楽器であっても、弦をこする方の弓が、
それに比例したものでないと良い音が出ないものである。
楽器の方がひねくれてしまうと、今まで性に合っていた名弓を持ってしても、音が出ず、
かえって数段クラスが落ちる弓を使った方が音が出たので、イライラしながらも、その弓を使って録音を済ませた。
どうしても納得がいかず、また時間をかけて楽器の調整をしてもらった。
そして今度は良い弓で弾いたところ、非常に機嫌良く鳴ってくれた。
まるで夫婦みたいなものである。
名弓と書いたが、私は生涯、良い弓は持てないのではないかとあきらめていたのだが、
やっと最近になって入手することができた。
今や楽器も良いものになると、数千万円から何億円もするものがあり、
弓も何百万円から最高五千万円のものもあると聞く。
名弓と、そうでないものの違いは、開放弦を鳴らすだけで、その違いは素人でも驚くほどの差がある。
音色が良く、粘りがあり、発音が良くて良くはずむ弓、もちろん楽器との合い性もあるが、
三拍子も四拍子もそろった弓はそうあるものではない。
弦楽器の弓というと、馬のしっぽの毛、と思っている人が多いけれど、
馬のしっぽの毛をさらしたものを木に付けて、滑り止めに松やにを乾燥させたものを毛に塗って、
そのひっかかりで音を出すのであり、その松やにの良しあしで、また音も違ってくるのである。
本当の弓の価値というものは、その毛ではなくて、本体の木の方にあるのだ。
その木の種類であるが、現在は南米、特にブラジルの密林にあるペルナンブコという木で作られたものでなくてはならない。
なければならない、という意味は、三百年も前から何千人という弓作りがいろいろな木で模索してみて、
ペルナンブコの木が良いということになったのだから、きっとそうなのだろう。
そもそも弓というのは読んで字のごとく、弓矢の弓であり、英語でBowであり、ドイツ語でBogen、である。
その意味はまさしく弓矢の弓である。
というのも、その昔、ヨハン・セバスティアン・バッハの時代に使われたヴァイオリンの弓は、
現在の弓と違って逆に、弓矢の弓みたいに、背中の方が上に丸くなってそっていたのである。
時代とともにだんだんと強い音が要求されてきて、それが逆になり、
馬の毛を弓の元の方のネジで調節して弓の張りの強弱を加減できるようになってきた。
元の方に普通は黒檀(こくたん)で箱みたいなものがついていて、その中にネジを差し込み、回すようになっている。
そして面白いことに、それを英語でFrog、ドイツ語でFrosch、といって、どちらもカエルという意味である。(バイオリニスト)

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