第26回『長年の愛用のヴァイオリンが入院 その後の訓製がまた大変』 小林武史

11月にCDを作る予定があって、楽器の調製をするために、楽器屋に行き検査してもらった。
1700年代の物なので、あちこちいたんでいるところもあり、結局、半年近くも入院させることになってしまった。
11月に入り、修理を急がせてやっと出来上がった。
その後が大変で、本当の意味の調製が始まった。
それまでの期間は、細かい傷や、ゆがみ、また目に見えないくらいの陥没など、
時間をかけて修理をしたのだが、楽器の調製ほど難しいものはない。
ヴァイオリンという楽器は、表板は松、裏板はカエデでできていて、指板は黒檀(こくたん)を使っている。
表板と裏板は古くなるに従って乾燥もしてくるし、上に塗ってあるニスもはげてくることもある。
表板の上にこまが立っていて、その上に4本の絃が張ってあり、一番細い絃がE線で、次がADG線という順序になっている。
また表板と裏板の間に細い棒が1本立っていて、これを根柱という。
これは大変重要なもので、魂柱と書く人もいるくらいである。
その根柱と、表板に立っているこまのバランスが大切で、その位置は大体決まってはいるものの、
楽器が二百年以上もたったものは、現在までに何回も修理されており、こまと根柱の関係位置は微妙に狂ってくる。
楽器の板も古くなってきているし、こまと根柱の位置の組み合わせは何万通りにもなってしまい、
その場所を探すのは、専門家が何日もかけて苦労しても思う通りにいかないことがある。
昔は、ヴァイオリンの絃は羊の腸を加工したものをそのまま使っていたので、こまの上にかかる圧力も、
楽器に対してそんなに過酷なものではなかったらしいのだが、現在では大きい音を要求される世の中になって、
絃も非常に強くなり、従ってこまにかかる圧力も想像以上である。
こまから楽器にかかる圧力は約11.7キログラムで、絃の張力は30キログラム、と本に書いてあった。
そしてそれを支えているこまの厚さは、
下は4ミリ、上の方では1ミリになっている長さ32ミリのカエデの木と、中に立っている長さ約50ミリ、直径6ミリの細い松の木の根柱である。
根柱とこまのバランスで、完全5度で調弦できることになっているヴァイオリンという楽器のつぼが狂い、演奏不可能になることもある。
ヴァイオリンという楽器の長さは、大体60㌢で、胴体だけで35㌢から37㌢である。
この繊細、微妙な楽器と共存している私たちも、音に対して敏感にならざるをえない。
ヴァイオリンの高い音、上の方のポジションでは、1ミリ狂うと半音ぐらい音程がずれてしまう。
さて私の楽器は、調製に調製を重ねて、やっと落ち着いたところ、3ミリも指の幅が広くなってしまった。
地獄の苦しみで録音は終わったが、3ミリの幅を元に戻すために、今度は、楽器屋さんの苦しみが待っている。
約400㌘の楽器、それを約60㌘の弓で演奏されるヴァイオリンは、不思議な楽器である。(バイオリニスト)

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