第9回『ハンカクサイ』 小林武史

私が生まれて初めて外国の地を踏んだのは、1961年の12月の末であった。
親戚にロシア人もいたし、アメリカ人二世もいたので、
外国というものに、憧れはあっても、それほど違和感はなかった。
 私が落ち着いた国は、チェコスロバキアだった。
当時は、相当厳しい社会主義国家であったが、現在はお互いに独立して、
チェコとスロバキアは別々の国になっている。
 それはさておき、外国では日本的な思考が通じず、さまざまな経験をさせられた。
 私の世代は子供の頃から、「謙虚であれ」とか“謙譲の美徳”ということを強く教え込まれた。
言葉遣いにしても、気を付けないと、「恥かしいことを言うな」とか、
「みっともない!」とよく言われたものだ。
 幼少の頃、北海道に住んでいたことがあり、
一日に一度は「ハンカクサイ子だ」と言われた。
ハンカクサイとは、「馬鹿な」とか「阿呆」という意味も含まれている。
 大人になってからも、北海道出身の友人に会うと、
「お前はハンカクサイ」とか「君の頭がハンカクサイ」などと戯れることがある。
 ところで、チェコスロバキアでは、私が東欧圏に於ける数少ない西側の外国人ということもあって、
特別に注意をひいたり、興味を持たれるようにもなった。
 当時、東京交響楽団のコンサートマスターであった私に、
チェコスロバキア国立ブルノフィルハーモニー(現在は、チェコ国立ブルノフィルハーモニー)の
コンサートマスターと交換する話があり、私は、喜び勇んで渡欧したのであった。
 チェコスロバキアは、首都がプラハのあるボヘミア地方と、
首都がブルノであるモラビア地方、
それに首都がブラチスラバのあるスロバキアと三つの州に分かれていた。
 私が住んでいたのは、ブルノ市で、国立ブルノフィルハーモニーのコンサートマスターに就任した。
この地方唯一の日本人として、演奏会の数も増えた。
協奏曲や独奏会の後には必ず、友人から、
「演奏の出来はどうだった」と聞かれる。
日本で躾けられた通りに、謙虚であることが“美徳”だと思い、
「あまりうまくいかなかった」「まあまあだった」と応えると、
周りの人はヘンな顔をしていた。
友人からは、「お金をとって演奏しているのだから、
うまくいかなかったなどとは絶対言うな!」と叱られてしまった。
 「お前はうまく弾いたのに、何故、自分を否定するようなことを言うのか・・・。ヘンな奴だな」とも言われた。
謙虚の美徳などということは彼らには通じないし、
私の語学力では、とても説明できなかった。
 やはり私は、ハンカクサかったのだと思う。
またその逆に、ひどい演奏をした人が、胸を張って威張っているようなこともあったが、
それはそれで憎めないところがあり、
ハンカクサイけれど愛嬌があったのを思い出す。

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