「音楽現代」2007年10月号 第27回《日本文化に繋がる中国文化》
「子供たちの響き アジア」実行委員会 代表 小林武史
上海の後は西安に飛んだ。ここでは誰も迎えに出ていないので、
北京から同行した女性の通訳はかんかんに怒っていた。
だいぶ遅れて文化部の副主任が迎えに来た。
ホテルに入ったらエレベーターが動かない。
夜中にゴーゴーと何かの音がして眠られない。このホテルの名は「西安人民大廈」。
会場へ練習に行ったが、古い建物で、隙間風が入って来る。
練習しているところへ、ここの音楽院の生徒や関係者が入って来て楽器を見せてくれという。ここは控え室もない。
楽器を見せている間、他の人は私の楽器ケースの中をひっかき廻していた。
悪気はないのだろうが・・・。
中国というところは、音に対して無神経である。
朝早くからのトンテンカンという工事の音で、目を覚ます。
演奏会当日、私たちが練習した隙間風が入る控え室のないホールは満員だったが、演奏
中、私の側まで来てフラッシュを焚くので目が見えなくなるし、気が散って良い演奏ができない。
それにうろちょろと散歩する人もいて、さすがに注意してもらう。
後はとても良い出来であった。アンコールに応えて、四曲も追加演奏をした。
演奏後、またまた偉い人たちがステージに上がり、私たちと一緒に写真を撮る。
ここの音楽院でも指導をして、西安を見学した。まさに歴史の町である。
西安は紀元前十一世紀ごろから、約二千年にわたり歴代王朝が都を置いた中国一の古都である。
大雁塔は、西遊記で知られる唐の高僧・玄奘がインドから持ち帰った仏典の翻訳と
その収蔵のために六二五年に建てられたものであり、小雁塔は七〇七年に病弱で死んだ高宗の
ために建てられ、僧・義浄がサンスクリット経典を漢訳したところでもある。
また、楊貴妃の住んでいた所や、風呂場跡などもあるが、何よりも大きな衝撃・話題と
なるのは、秦始皇帝兵馬俑坑博物館であった。
俑とは、古代中国で殉死者の替わりに埋葬された人形のことである。
大地下軍隊で、現在でも発掘中だが、八千体にのぼる規模と推定される。
大きさは、百七十人-百八十七センチで、鎧甲に身を固め、弓、剣、矛、弩などの武器
を持ち、一体ごとに表情が異なり、人馬とも今にも動き出しそうに写実的であった。
西安近辺もだいぶ歩き廻って、唐高宗の墓をはじめ、家族の並んだ墓も見た。
陜西省博物館の中にも歴史が詰まっていた。
西安碑林は一〇九〇年に造られたという。
原刻碑千九十五基が文字通り林立し、書の芸術の発展を知るうえでの宝庫である。
これらの石碑を紙に写して勉強することで、現在の書家の伝統になったと説明があった。
いよいよ帰国することになって、まずは北京へ。
何だかんだと買い物をしたり、もらったりで荷物が増えて、空港で超過料金を取られた。
万里の長城見学は天気が良かったが、大体は雨天であった。
飛行機に乗ったら、故障したといって降ろされ、皆、雨の中でびしょ濡れになった。
北京に着いてトランクを買って、町を見物。
夜は四川料理を食べに行き、真っ赤に染まった恐ろしく辛いそばを食べた。
浅野繁君と二人で頭の毛が立つほど辛いのに、二人の女性通訳に我慢強いところを見せようと頑張って
食べたが、後で沢山ご馳走が出たのに味が分からないほど舌の感覚が無くなっていた。
雍和宮に行った。北京最大のラマ寺で、丁度お勤めをしている風景を拝めた。
五メートルもあろうかという長いホルン(喇叭)に銅鑼や太鼓、それにシンバル、ボーブーボーという長
い喇叭の音に、ジャンジャンどんどんという音が混ざり合って賑やかであったが、宗教と
いわれれば、奇怪な像を前にして異様な感じもした。
夜の十二時頃、日本へ先に帰った團伊玖磨先生から私たちを心配して電話があった。
北京発。税関でだいぶ荷物がオーバーしていたが、大使館の方に交渉して貰って二十キロのオーバー分だけ払う。
本当は二人で八十六キロもオーバーしていた。
これが、私の第一回目の訪中であった。
二回目が一九九〇年、三回目は九二年、四回目が九三年であった。
四度の訪中で感じたことは、行く度に変革している中国大陸に目を見張らせるものがあることだ。
誠に感動を禁じ得ない。
五回目の訪中は二〇〇一年、福建省の福州市で演奏会を行なった。
文化大革命のとき、全面的に文化が否定されていたにもかかわらず、音楽だけのレベル
を見ても、すでに国際的になっていることに驚異を感ずる。
動物園に行ったのも、食い歩きをするのも、日本にないものを感ずるためであったが、
中国文化はどれもこれも日本の文化に繋がるものだと思う。
ところで、自由に個性を生かした作品が、どれ程素晴らしいものかを、中国大陸で痛切に思った。
モーツァルトやベートーヴェンの真似は誰にもできない。
メニューヒンが言っていたが、個性が無くなることは危険である。
また体制に押しつぶされることになる、と。
私もまったく同感である。