第27回目掲載 平成5年1月14日(木) 

『最も苦手な公開録音
ベートーヴェンの苦い思い出』 小林武史



公開録音というものがあり、これは私の最も苦手とする演奏会である。
同時に演奏会が録音されて、ラジオに流されるのである。
人間は、視覚を伴って音を聴くのと、耳だけで聴くのとでは大きな違いがあり、
また演奏家も、お客さんの前で弾きながら、後で音だけ聴かれると思うと、感情を込めて弾きながら、
もし音程を外しはしないか、力んで音がかすれはしないか、等々考えて、神経を集中できなかったり、
もしも音を忘れて間違ったらどうしようとか、非常に気を使うものである。
今から35年ぐらい前の話になるが、横浜の県立音楽堂で、ベートーヴェンの協奏曲を弾いたことがあった。
公開録音で、私の出番は休憩後なので、音楽会が始まってから、休憩時間も入れて約50分後ということになるので、
軽く指ならしをしながら、50分後に備えて気を静めていた。
当時は暖房もあまり効かず、冬のこととて、白い息を吐きながら運指調整を始めた。
共演は東京交響楽団で、当時、私はこのコンサートマスターをしていた。
指揮者は常任指揮者の今は亡き上田仁(まさし)さんだったと思う。
楽団長はやはり今は亡き橋本鑒三郎(けんざぶろう)さんであった。
私がゆっくりトレーニングを開始した直後に、橋本さんが私の部屋に入って来られて、
最初に出番であった人が、何かの事情で遅れるとの連絡があったので、先にベートーヴェンをやるから出てくれとのこと。
私は、今、指の練習を始めたばかりだから、とても無理だと断ったが、
お客さんが待っているので、どうしても始めなければならず、何としてもすぐに弾けという。
指がかじかんでいて、まだ弾けないといっても、何が何でも弾けといわれて、私は泣きそうになってしまった。
ベートーヴェンの協奏曲は、ヴァイオリニストにとっては大曲で難曲なのだ。
この日に備えていつもより練習して自信もあったのだが、指が冷たく動かないこともあって、すっかり萎縮してしまった。
結果はみじめなものであった。長い間ベートーヴェンを弾く気にならなかった。
22〜3年前に、ルジェロ・リッチという、当時世界一のパガニーニ弾きが日本に来た。
この時は、テレビの公開録画撮りの演奏会で、読売日本交響楽団との共演。
そして、彼の無伴奏演奏、曲目はパガニーニのカプリス数曲が演奏された。
本番前に、彼の楽器の絃が切れた。新しい絃を張ったのだが、絃がのびて調子が狂う。
おまけにテレビカメラが何台も置いてあるのだが、その中の1台が故障したとかで、出番をのばされた。
ステージのそでで、私は彼のイライラした姿を見て、大家でもこういうものなのかと驚いたが、
彼のこのときの演奏もメロメロで使いものにならない、とプロデューサーが怒っていた。
高いギャラを払ったのに、というが、演奏家の立場も考えてほしいものである。
私は調子の悪いとき、今でもベートーヴェンの協奏曲の前奏が鳴っている夢を見ることがある。(バイオリニスト)


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