2004年10月8日 
Krumbach:南ドイツ
 

記憶に値するコンサート

 バイオリンの巨匠小林武史はその実力を示した

 この日本人のパイオリニストが登場すると、どこでも世界の大きなコンサートホールの息吹が感じられる。
彼は20世紀の偉大なバイオリニストの一人である。
彼の実力や経験はどのコンサートでも感じ取れる。
小林はギュンツブルクでコンサートを開くのは3度目で、
彼とそのパートナーであるピアニストのパヴオル・コヴァチは
完璧に合ったペアであることがあらためてわかった。
 それは見てわかるのではなく、聴いてわかるのであった。
小林武史はガルネリのバイオリンで弾く。
それはジュゼッペ・アントニオ・ガルネリの死んだ年、1742年に完成されていて、
この偉大なパイオリン製作の巨匠の芸術の絶頂期であった。
 小林がバイオリンを弾くときに使うハンカチには輝かしい名前が書かれている。
この日本人は、「仲間」の偉大な名前、例えばスヴャトラノフ・リヒテルの名前とともにコンサートの壇上に上がる。
コンサートのまだウォーミングアップとも言える最初の曲で
すでに二人の演奏家の質のよい響きと表現する意志が感じられた。

激しい動き

 ヘンリー・エクレスのg-mollソナタは素朴で美しいメロディーで始まるが、最後は激しい動きが求められる。
演奏家と聴衆はその後、より大きなものへ、21歳のヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの
羽ペンから生まれたG−Durソナタヘいたる。
まねの出来ない軽さと知性が満たされる喜びを持つモーツァルトの音を演奏家は完璧に表現した。
 このソナタで注目すべきはモーツァルトもピアニストだったことである。
演奏の喜びはきらびやかなピアノのパッセージでまさにパヴォル・コヴァチに伝染していた。
二人の演奏家は並んで動くところでは悠々と安心して演奏し、
相反したところでは、互いに出来る限り思いやりながら演奏した。
 休憩の前に、甘さとドラマ性がうまくミックスし、最後の音は天球に居るような気持ち
になるマスネーのオペラ「タイス」の瞑想曲とフェルディナンド・リースの傑作「カプリチオーサ」が演奏された。
 コンサートの第二部はスラブ音楽にささげられ、ドヴォルザークの「ソナチネG−Dur」、
チャイコフスキーの「カンツォネッタ」スメタナの「わが祖凱が演奏された。
小林は数年、ブルノーフィルハーモニーやリンツのブルックナーオーケストラのコンサートマスターだった。
 すでに熱練した技巧を持っていたが、彼はこの修業時代に、ドヴオルザークやスメタナ
の音楽の持つ究極の繊細さを会得した。
それ以来、この日本人はボヘミアの精神に対するセンスを、
あたかもこの音楽とともに育ったかのように自由に使うことが出来る。
その柔らかな哀愁はその甘酸っぱい叙情、リズミカルな精巧さ、奔放なダンスとともに
彼の第二の天性となったようだ。

故郷との結びつき

 スメタナの故郷と結びついた響きをあたかも彼の作品であるかのように
バイオリンで共感できるということが、小林が音楽の国際人である証である。
この記憶すべきコンサートで特筆すべきことは、二人の演奏家の完璧なハーモニーである。
二人は25年以上バートナーを組み、名高い日本の芸術祭大賞を受けている。
 アラブ首長国連邦のコンサートの後、ある批評家は書いている。
夫婦でなければ出来ないほど二人のハーモニーは完璧だったと。
パヴォル・コヴァチはコンサート後の新聞のインタビューに答えている。
演奏の間に、音楽的着想を持ったとき、彼はそれを迷うことなく演奏し、
それでまったく失敗は無く、パートナーもそれに答え、悠然と合わせてくると。
 もともと、彼らはもう音楽的なことで互いに話しあう必要はほとんどないし、
それは言葉を必要としない領域で行われていることを二人の演奏家は認めている。
彼らはいつリハーサルをするかとか、燕尾服にするかタキシードにするかは話し合わなければならない。
音楽に関する話し合いはずっと以前から必要なくなっている。

写真の説明

世界の多くのコンサートの舞台で折り紙つきの完璧にあった音楽デュオ、小林武史(左)
とパヴォル・コヴァチ(右)がジンペルト・クレーマー・ギムナジウムでのコンサートに登場した。



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